2012年01月29日

“思い込みは振り払えっ!!!”は自分だろっ!!!

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晴れ間も時折顔を出す、この時期としては比較的穏やかな天候に恵まれた本日の日曜日。

冬期間としては初となる“三条マルシェ”が開催されました。

天候に恵まれたといっても、寒風吹きすさぶ中での開催なので、どれだけのお客さまに足を運んでいただけるか、心配だったのですが…

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会場が厚生福祉会館と市役所低層棟下駐車場という限られたスペースであったにも関わらず…

実に、12,700名!!!もの方々にご来場いただきました。本当にありがとうございますっ!!!

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正直に告白しますが、“冬にマルシェをやるっ!!!”という話を聞いたとき、決して口には出しませんでしたし、表情も変えないように努めたつもりですが、内心、“恐らくお客さんは集まらないな…”“三条マルシェがこれで失速しなければいいな…”と悲観しておりました(関係者の皆さん、ゴメンナサイ…)。

実際、実行委員会や行政内部でも、根強い消極論が蔓延していたそうです。

でも、地域経営課長の言葉に代表される“雪が大きな特徴の越後三条で、雪の期間に三条マルシェをやらないという選択肢自体が信じられないっ!!!”“チャレンジもしていないのに、文句ばっかり言ったって始まらないじゃないかっ!!!”との強い信念。

考えてみれば、失敗する要素そのものが初めからなかったのかもしれませんね。

しかも、普段、職員に“思い込みを振り払えっ!!!”と口を酸っぱくして唱えている自分自身が、しかも、ヨソ者で若造の、つまり固定観念に囚われることの少ないはずの自分自身が、“雪の季節=負のイメージ”という根拠のない感覚に縛られてしまっていたんですよね。

ちょっとどころか、大いに反省しております…

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でも、会場はこれまでよりは格段に狭かったけど、なんだかほのぼのとしていて、よかったなぁ…

お客さん以上に、三条マルシェの企画側、出店者側の素敵な笑顔の数々に、三条マルシェの成功を確信いたします(だって、こうした笑顔は必ずお客さまに伝わりますからねっ!!!)。

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中には、“まんなか”への新規出店を検討している個性的なお店もあったりして(目玉商品のピタパンは売り切れていたので食べられませんでしたが、ミネストローネは、ホントに美味しかったですよっ!!!新規出店の御英断をお待ちしていますよっ!!!)、ここ2〜3年ほど沸き起こっているムーブメントに陰りが出ていないことに、逆にエネルギーを頂戴する場面も…

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お昼を過ぎた時点で売切れ御免が続出するのが“玉に瑕”ですが、私も、今日の様子を目の当たりにするまでは悲観論者でしたから、人のことなど言えたものではありません…

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今日は、NHK福岡放送局からも取材がありました。

これまでもツイッターで触れたとおり、“熱血!オヤジバトル”に我らが燕三条らーめん王国の国歌“燕三条カレーラーメンの歌”が331組の難関を勝ち抜き、見事全国大会に出場することが決まったからですっ!!!

パチパチパチパチっ!!!

話が散漫になってしまいましたが、三条マルシェの名称どおり“ごった市”状態なのですから、ご勘弁を…

来年度の三条マルシェは、一段と進化を遂げますっ!!!

もっと日常生活に密着した、根付いた、そんな三条マルシェの機能も付加していきたいと思っています。

今年の三条マルシェの動きからも目が離せませんよっ!!!

乞うご期待っ!!!
posted by 国定勇人 at 16:27| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月27日

だから、どこに話せばいいの!?

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今日は“スマートウェルネス三条”関連についての話題を1つ。

まずは嬉しい話題からなのですが、新潟市さん、見附市さんなど7自治体で提案していた“健幸長寿社会を創造するスマートウエルネスシティ総合特区”が総合特区に指定されましたっ!!!(見附市さんのホームページがよく纏まっていますので、こちらをご参照ください)

パチパチパチパチっ!!!

これも偏に、取り纏め、政府説明等を先頭切って動かれました首長研究会代表の久住市長さんを始めとする見附市の皆さん、事務局を司った筑波大学久野教授を始めとするTWRの皆さんのお蔭であります。本当にありがとうございましたっ!!!

でも…

当たり前ですが、ここからが本番。

見附市さんのHPにもあるように、“健康づくりの無関心層を含む市民の行動変容を促”すことが狙いなので、単に狭義の健康施策を担当する部局だけでなく、まちづくり、公共交通、中心市街地活性化、生涯学習、就労支援などなど、ほぼ全行政分野を横断するような施策展開が必要になります。

実は、こうした“部局横断的施策”というのは、行政組織にとって、苦手中の苦手分野。

何故ならば、各担当課(原課)にとっては“まぁ、うちが関係するのはサワリの場所だけだから”ということで“お付き合い程度”の意識が働き、他方、取りまとめ課(調整課)にとっては“うちだけでは見切れないから、ガッチャンコ(原課から上がってきた既存の政策を束ねるだけの作業)していればいいか”となってしまい、結果、誰も汗をかかなくなるというジレンマに陥りやすい典型的パターンだからなのです。

実際、先日のふれあいトーク(今“スマートウェルネス三条”をテーマにふれあいトーク実施中)でも、とある市民の方から“スマートウェルネス三条の取組はとても素晴らしいことだと思うけど、どこの部署が担当しているのか。部署(責任)が明確じゃない施策が成功するとはとても思えない”という、大変的を得た厳しいご指摘をいただいてしまいました…

仰るとおりです。

こうしたジレンマを当座回避していくためには、同じ立場同士が協議を重ねる“調整”という作業をしなくても済む仕組み、つまり意思決定過程の一本化をするよりほかなく、現行の行政機構の中では、理事者(市長&副市長)が直接乗り出すほかありません。

ちなみに、写真は、先日、開催された新潟市&見附市&三条市の連絡調整会議の様子。傍聴席に座っているのは3市の“スマートウェルネス担当者”です。厳密に申し上げれば、私のカメラの背後にも、ほぼ同じ数の“スマートウェルネス担当者”が陣取っておりました。

部局横断になればなるほど生じてしまう頭数(この方々の数だけ調整があると思ってください)を、いかに“スマート”に乗り切っていくのか!?

私たちの挑戦は始まったばかりです。
posted by 国定勇人 at 16:00| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月26日

新3K!?

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写真が夕方撮ったものなので分かりにくいかもしれませんが、これは、三条市が麻生政権時代の補正予算を活用したプロジェクト“次世代産業創造プロジェクト”を通じて試作した小型風力発電装置の試作機です。

一昨日、このプロジェクトの中間報告会があり、意見交換会にだけ顔を出してきました(この中間報告会については、同日のNHKさんの県内ニュースでも取り上げていただいたようです)。

改めて、このプロジェクトを概観しますと、三条が得意とする金属加工技術と今後の展開が予想される自然エネルギーとの融合の可能性を模索すべく、軽量金属の中でも加工の困難なチタン、マグネシウム等の素材をベースに、大学等の知見をいただきつつ、地元の技術を最大限生かす形で、小型風力発電装置を作り上げていこうというもので、平成21年11月から取り組んでまいりました。

以来、これまでの取組の課程において、東日本大震災に伴う福島第一原発事故の発生という国内外に多大なる影響を与え続けている出来事を契機に、飛躍的に自然エネルギーへの関心が高まり、このプロジェクトの方向性が間違っていなかったということが裏打ちされた格好で、だからこそ、本プロジェクトで一定以上の成果を収めるべく、産学官の関係者が一丸となっての格闘が続いております。

現実には、本プロジェクトで培った技術を通じて、新たなビジネスチャンスを得た企業さんも既に出てきており、本プロジェクトによる萌芽が、期待していた以上に早く出始めているところにひと安堵しているところなのですが…



これらのことをさらりと書いてしまうと、順風満帆にも映る本プロジェクト。

でも、燕三条地域にお住まいの方で、政治や行政に高い関心をお持ちの方であれば、十分ご存知かと思いますが、このプロジェクト、いやぁ、叩きに叩かれましたっ!!!小気味良いほどの勢いで叩かれましたよっ!!!

“回らない風力発電”“何か裏で黒い影が見え隠れしている”などなど、議会で、理事会で、ミニコミ情報誌で、あとどこかな!?、まぁとにかく巷間で…

でも、でもですね。

これは決して強がりではなく、巷間騒がれれば騒がれるほど、私自身は“やはり行政が関与して良かったな”“このプロジェクトの方向性は間違っていないな”と確信を得ることができました。

そもそも、リスクの低い産業プロジェクトであれば、公的に関与する必要がないわけでありますし、行政が口火を切らずとも、民間企業が自らのリスクで開発していきます。

トライアンドエラーを繰り返さなければならないことが予想され、しかも、それに伴うリスクの引取り手がいないときに初めて、行政の出番が出てきます。

ですから、最初は回らなくて当たり前。もちろん、それぞれが最善の努力を怠ってはならないことは論を待たないところでありますが、その上でのトライアンドエラーは、いわば予定調和のできごと。

むしろ、そこに行政が関与する正当性が存在するわけですから…

その上で、更に、トライアンドエラーを重ねる中で培われた技術が商取引にも繋がる動きを見せているわけですから、殊更の感慨深さを覚えるんですよね。

そして、癒着云々の良くある噂話。

“◎◎企業が次世代産業創造プロジェクトに参画できたのは、市長からの強い働きかけがあったらしい”などなど、ありがちな噂話の数々が、このプロジェクトに限っては、他の事務事業以上に出回りましたが(一応申し上げておきますが、そんなことはしていませんし、そもそも、そんなことができるような仕組みにはなっていませんので、念のため…)、こうした“妬み”の数々こそ、このプロジェクトの方向感が決して間違っていないことの証しであります。

だって、荒唐無稽なプロジェクトであれば、“あんなのに参加してセンスないなぁ”の一言で、一笑に付されてお終いですからね。

ただ、こうした巷間噂された数々の不正確な情報によって、数多くの関係者に不快の想いをさせるような場面が少なからずあったと思いますし、その点に限っては、私の未熟さ故に生じた不始末でもありますので、本当に申し訳なく思いますし、それでもなお、同じ夢を追いかけて一蓮托生の運命共同体として取り組んでいただいていることに、ひたすら感謝するばかりであります。



さて、表題の“新3K”。

先に申し上げた意見交換会で、地元企業経営者の親方の一人で、非常に尊敬している方が、このプロジェクトを評して贈ってくださった言葉です。

“日経グローバル(だったと思いますが、失念しました…)の新年号で、今年を占うキーワードとして、3Kが紹介されていた。つまり、行動、継続、希望である。これら3つが合わさったものは必ず、よい結果をもたらす。このプロジェクトには、この3Kが備わっているということを強く申し上げたい”

実に嬉しかった…

特に“希望”があるというご指摘には、ただただ感謝するばかり。

今日も来年度予算編成に勤しんでいるところですが、このプロジェクト、来年度以降も、引き続き深化し続けていくべく、ブラッシュアップを図っております。

詳細は、来年度予算案発表後に改めて申し上げていきたいと思いますが、ご期待くださいませっ!!!
posted by 国定勇人 at 15:45| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

振り返れば…あったよね!!!

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今日は、早朝から、雪国らしく、一気に積もってしまいました。雪かき作業など、大変な時期が続きますが、どうかご自愛くださいませ。

さて、予算編成作業も大詰めを迎えつつある中、ブログ更新も儘ならない状況が続いておりますが、その分、書きたいほどが積み上がっていくといういつものジレンマ。この状態を改善していくためには、ブログを更新していくほかありませんよね。

というわけで、短めの話題を1つ。

昨日、5年目を迎えるポケットパーク整備事業のプレゼンが行われました。

詳しくはこちらをご覧いただければと思いますが、このポケットパーク整備事業とは、“大学(院)生と市民有志が、コンセプト作り、実施設計、そして工事(!!!)まで首尾一貫全て担っていただく”というもの。三条市役所は、工事に要する材料費だけ支援するという“口は出さずにカネだけ出す”典型的事例です。

先日講演いただいたstudioLの山崎さんが“我々はいつまでも(プロジェクトを進めている)その町に居続けるわけではない。そこに住み続ける方々が徐々に主体的に進めていくことのできるようにバトンタッチしていくことが我々の役割だ”とお話しされていましたが、本プロジェクトに限って言えば、それが取組当初から実現できてしまっているという希有な事例であります(今般、そうした面を評価いただいたのだと思いますが、国土交通大臣表彰をいただくこととなりましたっ!!!おめでとうございますっ!!!)。

でも、それ(取組当初から実現できていること、そして継続できていること)が偶然の産物でもないということを私たちは知っています。

実行委員長さんが、この席でおっしゃられたように、“継続は力なりと信じてやってきた”というお言葉のとおり、参画いただいている方々の意思の強さがあってこそのものということが大前提にあるのですが、敢えて申し上げれば、継続しているスパイスは、もう1つあると思います。

それは、これも取組当初からのメンバーがいみじくも指摘された“私たち市民サイドは、あまりメンバーが変わらないかもしれないけれど、一緒に参加される学生さんが毎年必ず変わるから、そこが新鮮で、楽しいのよね”の一言。

まさしく、そのとおりなんだなぁと思います。

今回のプロジェクトスキームの特徴である“市民+大学協働(ちょっとだけ行政)”における“大学”に求められる役割は、“知”の部分以上に、“生身としての人間”“若者の集合体”という部分にあるんだと思います。だって、学生を見る市民の目線が完全に息子や娘、場合によっては孫子、孫娘を見る感じなんですもの…

それでも、年月が来れば、スキームそのものに飽きが出てくることもまた事実。

今年は、敢えて、学生諸君に、宿題を課しました。

“今年は、ポケットパーク整備というハード事業に加えて、これまでのポケットパークを結ぶようなイベントといったソフト事業も手掛けてもらえないか。皆さんは理系なので不得手かもしれないけど、卒業して社会人になれば、純粋に技術屋の世界を邁進するだけでは必ず壁にぶつかる。専門的技術分野だけでなく、目に見えないモノをカタチに変えていく経験も積んでほしい”という無茶ぶりの感じで。

きっと、彼らなら応えてくれます。

彼らの提案を期待しながら待ちたいと思います。
posted by 国定勇人 at 17:58| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

いつもの法則

出たり入ったり、慌しい時間を過ごして、執務室に戻ってきたのが、この時間。

あと3分後には、ふれあいトークのために、再び外出。

というわけで、没有時間っ!!!(「時間がない」という中国語)

という言い訳を残して再見っ!!!(「さようなら。またお会いしましょう」という中国語)
posted by 国定勇人 at 18:43| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月21日

勢い余って…

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昨日の余韻が抜けきれなくて…

再び、“平常時と非常時の連続性”の確保について。

昨日のような組織運営や意思決定過程の有り方といった大上段に構えたものではなく、それぞれを形づくる“神経系”というべき“組織内・組織間のコミュニケーション”について、自分自身が感じていることの一端をご紹介したいと思います。

くどいようですが、あるべき組織運営やあるべき意思決定過程という“仕組み”をいかに理想的に構築しても、その“仕組み”を運用していくのは、所詮生身の人間にしか過ぎませんので、“仕組み”構築そのものに思案を巡らすことと同様のエネルギーを、その運用すべき人間が仕組みの中で付与された役割を発揮できるよう、情報や指示等の“コンテンツ”をいつ何時でもスムーズにやりとりすることのできる“ネットワーク(神経系)”を錆びつかせないように手入れを怠らないことにも注がなければならないと思っています。

では、“ネットワーク”を錆びつかせない方法は何なのか!?

ここでいう“ネットワーク”とは“組織内・組織間のコミュニケーション”そのものですので、災害時に、情報あるいは指示などのやり取りをする相手(組織内・組織間を問わず)と、いかに平常時からコミュニケーションを取っているのか!?ということに尽きると思います。

私たちの日頃の生活、あるいは仕事現場を思い起こしてください。

初対面の方から“○○してほしいんですけど…”“××で△△のような事態が起こっているようですよ”と言われても、その方がどんな方なのか分からないのに、100%その情報を信じますか!?(云うまでもないことですが、住民の方からの情報といった“そもそも不特定”という世界のことを論じていませんので、念のため。イメージとしては、BtoBの世界を論じているつもりです…)

少なくとも、その情報なりをもたらしてくれる、その人物のカタチ(癖、言い回しなどでも結構ですし、性格や物事の考え方まで熟知していればさらにいいと思いますが…)を理解しているのと理解していないのとでは、その情報の受取り方に、雲泥の差と言っていいほどの違いが出てくると思います。

そして、その人物のカタチを知るためには、理解を深めていくためには、コミュニケーションを重ねていくほかありません。

“じゃあ、お前はできているのか!?”と言われると何も語れなくなってしまいますので、自分のことは完全に棚に上げたまま、話を続けていきますと、こうしたことに考えを巡らすと、国土交通省という組織はホントにスゴイ。

国土交通省の出先機関の中でも、災害発生時には、まさに現場で指揮を執ることとなる河川事務所長さんや国道事務所長さんは、敢えて誤解を恐れずに申し上げれば、“何の用事もないのに”、ほぼ1〜2か月に1回ほどのペースで市役所を訪問し、私とも必ずコミュニケーションを取り続ける作業を怠りません。

そんなコミュニケーションの積重ねのおかげで、昨年の7・29水害において、信濃川水系で避難勧告を発令すべきかどうか、若干躊躇したときに、素直に、信濃川下流河川事務所長さんのアドバイスを仰ぐことができました。

もし、所長さんのお人柄を知らなければ、そもそも所長さんに相談することもなかったですし、所長さんのアドバイスを素直に傾聴することもなかったと思います。

この平常時の国土交通省さんの行動は、まさに“言うは易し、行うは難し”の典型的事例。

災害発生時にコミュニケーションを取るべき関係機関との間で、ここまで平常時から、私自身直接コミュニケーションを積み重ねている機関は残念ながら皆無ですし、私自身も努力を怠っていることを認めざるを得ません。

ここまで、組織的に“災害発生時のために、平常時から、自分たちは何をすべきなのか!?”ということを見極め、それを徹底的に実践している組織を、何故解体しなければならないのか!?、やはり理解に苦しみますし、“その機関ごと移譲するからいいではないか!?”などという乱暴な意見では、早暁“仏作って魂込めず”に陥り、機能不全に陥ること必至です。
posted by 国定勇人 at 16:49| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月20日

長文失礼

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これもまた、旧聞に属する話かもしれませんが、年の瀬迫る昨年御用納めの前日の27日、わずか2週間弱の呼びかけ期間にも関わらずご賛同いただいた120名余の市町村長さんのご意志を奉じ、福島県相馬市の立谷市長さん、三重県菰野町石原町長さんとともに、民主党、地域主権戦略会議事務局、国土交通省、経済産業省に対し、“是非とも、地方整備局、地方経済局の存続をっ!!!”と訴えてまいりました。

ただ、この事実関係だけを書いてしまうと、“また、何でも反対、何でも難癖を付ける地方自治体のいつものパターンか…”“対案も示さず、現状維持を叫び続けるなんて、究極の思考回路停止状態ではないか…”と、感じられる方も多いはず。

実際、信じていただけるかどうか分かりませんが、私自身が最も忌み嫌うのは、対案も示さずに、“何でも反対っ!”“現状維持万歳っ!”といった類いの主張。これって、その主張をしているときの語気は強く(批判だけしていればいいのですから当たり前ですよね)、かといって現実的な対案を示さないのでお気楽ご気楽(現実的には、いかなるテーマでも必ず不利益を被る者が出てきますからね)、しかも最終的な責任は自ら被ることもないので、無責任極まりないですよね。少なくとも、選挙で選ばれる職種に身を投じている者が決して歩んではいけない道です。

そんな気持ちを持っているからこそ感じてしまう、一見すると、最も忌み嫌う道に受け取られかねない今回の行動ですが、こればっかりは違うのです。

私たち三条市は、8年前の7・13水害、昨年の7・29水害と、それぞれ100〜150年に1回、150〜300年に1回と言われる大水害を、わずか7年間に2度も、経験することとなりました。

もちろん、この2回の水害における対応が万全だったとは思っていませんし、災害対応の全てを見切ったなどという傲慢な意識など更々ありませんが、強烈に再認識させられたことがあります。

それは、“非常時の組織運営・意思決定過程は平常時のそれの凝縮版に過ぎないということ”“それらの有り様はシンプルであればシンプルであるだけよいということ”“非常時の組織運営・意思決定過程と平常時のそれとの間に不連続があってはならない”という、いわば当たり前の認識。

こうした点から、地方主権戦略会議で議論が進められていることを追っていきたいと思います。

まず、地方主権戦略会議における議論の前提は、“既存の広域連合制度をベースに当該制度を発展させるための検討を進め、平成24 年の通常国会に特例法案を提出することを目指す”ということ、より具体的には、“移譲を受けようとする具体的意思を有する関西、九州両地域の意向を踏まえ、経済産業局、地方整備局、地方環境事務所を当面の移譲対象候補”とするというところにあります。

災害を経験した三条市として、本件に関する身近な事例として地方整備局(河川行政に限定すると、同局は、平常時は、大河川の整備や維持管理を行い、災害時には、河川管理者として、災害対応に当たります)に焦点を当て、敢えて具体的に申し上げると、@国土交通省の出先機関である近畿地方整備局を廃止し、A同局の所掌事務を関西広域連合に移譲する、といった形になります。

広域連合というのは、聞き覚えのない方もいらっしゃるかもしれませんが、三条市で言えば、三条・燕総合グラウンド施設管理組合や中越衛生処理組合(三条・燕両市によって構成)、水道用水供給企業団(三条・加茂両市と田上町によって構成)のように、対等な立場の構成団体が、当該構成団体共通の事務を処理するために結成する新たな団体のことを指します。

ここで肝なのは“対等な立場の構成団体によって組織される”点です。例えば、関西広域連合の長に大阪府知事が就任したとしても、その構成員には、京都府知事、滋賀県知事、和歌山県知事などなどが並びます。こうした構造においては、とある判断をする事項が発生した場合、平常時にあっては、当該判断により影響を受ける知事さんとの意見調整が不可欠となります。先ほどの経験則に照らせば、非常時においても、少なからず、この意見調整が必要となります。

これが非常時という、待ったなしの平常時の凝縮された世界において、いかに無理があるかということは、福島原発の事故が示唆していることからも明らかなとおりです(原子力法制では、運用上、事故が発生したときに、国・当該都道府県知事・関係市町村長の合議の上、避難指示等を判断することとなっていましたが、全くの機能不全に陥ったことは、論を待たないところです)。

仮に、一時的に、長である大阪府知事に全権委任をするとしても、普段、大阪府政に全身全霊を傾けている府知事さんに、京都府のこと、滋賀県のこと、和歌山県のことを合理的に判断することなどできるのでしょうか?

京都府内の市町村長さんは、平常時には京都府知事に相談しているのに、非常時には大阪府知事に相談するという、非常時と平常時の不連続性を乗り越えることができるのでしょうか?(少なくとも、私は、富山県知事や石川県知事と会話をしたことなど、一度もありません…)

そこを予め被災発生都道府県知事に委ねるといったところで、我々を襲った7・29水害のように、新潟県・福島県を跨ぐ阿賀野川水系全体として判断しなければならないとすれば、どうするのでしょうか?(ちなみに、北陸地方整備局は、原則、新潟、富山、石川、福井県が管轄ですが、河川は水系ごとに、福島、長野を管轄するなど、弾力措置が取られております)

少なくとも、今以上に、組織運営・意思決定過程が煩雑になるのは避けられず、その結果、苦労をするのは、災害時に権限が集中している市町村長ということになってしまいます。

何にも増して、地域主権戦略会議の議論が本末転倒だと感じているのは、こうした災害時において、“平常時は広域連合、非常時は国”といった原理原則を無視した意見まで出ているほか(取りまとめ前の会議)、一定の結論を得たとされる昨年最後の会議においても、“大規模災害時等に全国の人員や資機材を結集し現場力・統合力・即応力をもって組織的・機動的に対応できるよう、詳細については引き続き検討する”としている点にあります。

今の地方整備局を廃止することで得られる大きなメリットが見られるかどうか以前の問題として、災害発生時という全てが顕在化しやすい事象において今以上にリスクを負いやすい構造を何故是認しなければならなのでしょうか?なぜ、わざわざ今の体制が持つ機能を担保するのに、ここまで四苦八苦しなければならないのでしょうか?答えは簡単です。今回のテーマに限っていえば、シンプルな構造上の問題があるからです。

組織構造の在り方という橋本前府知事が最も得意とするテーマで、これだけの無理を重ねる議論の積み重ねには、何とも理解ができません(私は大阪都構想には賛成の立場ですし、この議論が災害時においても顕在化しないような他の国の出先機関の議論であれば話は別だと思っております)。

ここまで書くと、“新潟県三条市なんか、関西でも、九州でもないじゃないか?ほっといてくれ!”とのご指摘をいただきそうですが、ほっとけません。

何故ならば、これは関西・九州以外にも波及する問題だからです。

これまでの国土交通省の出先機関という位置づけであれば、何の不安も感じなかった全国レベルの広域支援。Tec-Forceだけでなく、ポンプ車、防災ヘリなどなど、かなり常態的に、迅速に、地方整備局間の応援体制が確立されております。

でも、これらは全て、橋下前府知事が様々な場面で指摘しているとおり、“司令塔が1つ(国土交通大臣)であるシンプルな構造”だからこその賜物。

でも、関西連合、九州連合が、その任を一部負うとなったら話が変わってきます。意思決定過程が独立している以上、今までは必要なかった、相互の調整が新たに必要となってきます。

そうすると、これは、関西・九州以外にも波及することは確実。何故ならば、新潟県を中心に大規模な災害が発生した場合、待ったなしの時間帯において、これまでスムーズな支援を受けられた近畿地方整備局からの支援と同等の支援をいただくのに“確実に”時間を要することになるからです。

なんで、こんなに、待ったなしの災害対応に直結するような国の出先機関を、移譲の対象として、聡明な橋本前府知事率いる関西広域連合が選んでしまったんだろう?そして、それに国は安易に乗ってしまっているんだろう?

少なくとも、災害発生時に重い責任を負わなければならない一介の市町村長には理解できませんし、同じ市長という立場である大阪市長となられた橋下さんは、少なくとも、こうした矛盾に気づいてい下さると固く信じております。
posted by 国定勇人 at 11:20| 新潟 | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

私は遅読家ですが…

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少し旧聞に属する話題ではありますが、今年最初の定例記者会見

記者さんとの質疑応答が最終盤に差し掛かろうとしたところ、とある記者さんが“最後にもう1つ。市長個人としての今年1年の目標は?”との質問が投げかけられました。

これに対する私の回答は、今振り返ってみても、これまでの中で、最も間髪入れずに、最も端的なお答えだったと思います。

それは、ズバリ…

“痩せますっ”の一言。

でも、この即答の背景には、それ相応の!?事情がありました。

今年の元旦、というか元旦も元旦、早朝5時からの式典での1コマ。

同じく出席されていた燕市長さんがご祝辞の中で“一年の計は元旦にありと言われます。ここで、私は個人目標を皆さんの前でお誓いしたい。今年一年の目標は…痩せることですっ!!!そのために、弥彦山の早朝登山を再び習慣化したいと思いますっ!!!”と颯爽と披露されたことが全てのきっかけ。

あのスマートな燕市長さんが痩せるだなんて…

こうなれば、私の得意芸、パクリ大作戦を発動せざるを得ませんっ!!!

以来、小さな一歩ではありますが、元旦マラソン以来、欠かさずジョギングを細々とながら続けております…

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前置きが長くなってしまいましたが、今日のタイトルのとおり、これが本題ではありません。

昨日行った、来年度予算協議の一環としての来年度職員研修に関する内部協議。

隠すことではありませんので披瀝いたしますが、職員研修の柱の1つに、改めて、正面切って、“考える力(書く力、読む力)の向上”を据えていこうではないかっ!!!ということになりました。

“一人前の大人、まして公務員になって、そんな小学生に教えるようなことを今更!?”と思われる方も多くいらっしゃるかもしれません。

でも、“考える力(書く力、読む力)”というのは、実に奥が深く、かつ、公務員の根本原理に影響を与えるくらい大切なことだと思っています。東京都の猪瀬副知事が躍起になって“言語力の強化”を提唱し、都職員向けに実践しつつあることも至極尤もなことと思っています。

私自身の拙い経験に照らしても同様のこと。霞が関の各省庁に入省すると、1年生から様々な文書を作成していくこととなるのですが(内部協議資料、起案文書、報道資料、各種想定問答、国会議員からの要求資料などなど)、最初の1〜2年は、先輩や上司に確認を願い出ると、“てにをは”を除いては全て赤ペン修正で返ってくるという、人格を全否定されたかのような屈辱的なやり取りの繰り返しの連続。間もなく2年になろうとするとき、30%くらいが自分の文字が残った状態で戻ったときは、小躍りしたものです…(それでも70%の添削は入っているんですけどね。そして、自分が3年目に係長になると、同じように赤ペンチェックを入れている自分がいたのが不思議…)

で…

大切なことは、“考える力(書く力、読む力)”をどうやって身に付けていくのかということ。

これも“言うが易し、行うが難し”の典型的事例の1つであります。

例えば、これらを身に付けていくに当たっての必須条件としての読書。

何を読むべきなのか!?が、本当に難しい。

もちろん、“こういう本でなければならないんだ”という絶対的価値判断はないと思いますが、“あぁ、そういう本もあるんだ。少し読んでみようかな!?”という職場内の環境づくりの構築は、いずれにしてもやっていかなければなりません。

もとより、私は遅読家ですし、私の読んだ本の紹介がどれほどの役に立つか分かりませんが、誠に勝手ながら、私自身の今年1年の個人目標“痩せますっ!!!”に、“本を読みますっ!!!”を加え、昨年までの絵本を大人向けの本に替えて励んでいきます。そして、拙ブログでも、時折紹介していきたいと思います。

そこで、今日は前座として2冊の本プラスαをご紹介したいと思います。

その本とは“国家の品格(藤原正彦著、新潮新書)”と“論語と算盤(渋沢栄一著、ちくま新書)”です。

3月11日の東日本大震災の発生は、私たち日本人に、実に様々なことを考えさせ、感じさせるきっかけともなったのですが、少なくとも、私にとっては、昨年の漢字が“絆”であったように、“高度経済成長期以後の日本は個人主義を前面に打ち出すことに躍起になった結果、(“絆”に代表される)古来美徳とされた「日本人らしさ」を失い過ぎてしまったのではないか”“他人を慮る、公共の中での自己の立ち位置を考えるといった「日本人らしさ」の大切さを再確認し、それを取り戻すための実践をしなければいけない時期に来ているのではないか”というのが、3月11日以来の私の考えの根底に常に流れ続けているような気がしています。

そして、ここでの肝となる“「日本人らしさ」とは何か?”“その「日本人らしさ」を自らのものとしていくためには何をすべきか?”について、一定の示唆を与えているのが、この2冊のような気がしております。

まずは“国家の品格”。これは先年大ベストセラーになった名著。私も3・11以前に読んでみて、“考えてみれば、自分が子供の頃は、こんなことを当たり前のように周囲から注意されていたなぁ”と素直に感じ入り、その直後の地元金融機関の若手経営者人材育成塾において、“我が国は、欧米社会におけるキリスト教のような、宗教基盤というよりは、常識非常識という社会共通の価値観が失われているような気がしてならない。今こそ、我々日本人は原点回帰するべきではないか!?”みたいな、エラそうなことを講演していたことを思い出します。

そして“論語と算盤”。これは、東日本大震災後、三条商工会議所の斎藤会頭から薦められた一冊。経済分野においても、「日本人らしさ」といった類のこうした価値観が大切なんだということを認識し、そうであれば、日本古来の倫理観は、普遍的存在なのかもしれないと感じ入った名著です。しかも、これが我が国の資本主義の父、渋沢栄一公の口述筆記であるのが面白い。読んでいただければ一目瞭然ですが、百数十年の時空を超えても全く色褪せることなく一言一句が輝きを放っています。

この2冊は、本当にお勧め。騙されたと思って読んでみていただければと思います。

ちなみに、今、読み進めているのが司馬遼太郎さんの“この国のかたち”。我が国の成り立ちをトリビア的に雑文的に綴られているのが肩凝らなくていい。

いずれにしても、痩せることと読書すること、そして、その結果を時折お示しすること。自分自身のハードルを上げ過ぎた感も否めませんが、しばらくお付き合いくださいませ。
posted by 国定勇人 at 17:32| 新潟 曇り| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月18日

更新だけが目的なのかも…

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今朝の三条は、一点の曇りもない青空っ!!!太陽も燦然と輝いておりますっ(お隣の市の毎年度予算のタイトルに付いているような文章表現ですが…)!!!

青空+太陽の完全セットは、何週間ぶりでしょうか…

元旦以来かもしれませんね。

この天気であるというただ一点で、とっても幸せになれてしまいます。

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さてさて。

そろそろ、“地方整備局廃止論は、根本的なところで、論理破綻しているのではないか!?”という、完全否定は何も生み出さないことが持論の私であっても主張しなければならないテーマのブログ更新をしたいのですが、なかなか時間のゆとりがありません(このように書き込むと、書く際のハードルが高くなっちゃうのですが…)。

どころか、“更新だけが目的なのかも…”というのが今日の本音かもしれません。

というわけで、上の写真は、所用があってお邪魔した小千谷市さんに所在する慈眼寺さん

長岡藩家老河井継之助公と西軍軍監岩村高俊公との、いわゆる小千谷談判の舞台として、名を馳せているお寺です(司馬遼太郎さんの“峠”の中でも、最高のクライマックスとして展開されていますよね)。

この小千谷談判の舞台となった会見の間は、先の中越大震災で、壊滅的な被害を受けたそうです。

それが、今では、見違えるまでに復元しておりました。

この慈眼寺さんのように、東日本大震災の被災地が不死鳥のように復興できればいいですよね。

お寺にまで、お付き合いいただいた小千谷市長さん、ありがとうございましたっ!!!
posted by 国定勇人 at 18:20| 新潟 晴れ| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

市長職の業務改善!?

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今日も終日、予算関連協議が続きます。

何という表現が正しいのか分かりませんが、なんかこう、脳漿を絞り出すようにして、“考えていることを組織で共有化し、具現化できるような内容になっているのか”“そもそも漏れはないか”“実効性として無理のないものになっているのか”を考え続けるので、頭だけ疲労困憊状態が続いているような感じです。

閑話休題。

昨日、三条市特別職報酬等審議会が開催され、私と副市長の給料額、市議会議員の議員報酬額について、それぞれ“据置”とする旨の答申をいただきました。

正直なところ、私自身は、社会人1年生の頃から、自分の給与の基準に人並み以上に無頓着だったので、答申内容が私の仕事に懸ける情熱に何ら影響を与えるわけではないのですが、それでも、この答申内容を重く受け止めたいと思います。

では、私自身に限っての場合、何が、私の仕事に懸ける情熱に何らかの影響を与えるのか!?

それは、多分、オン・オフの機会、つまり、自分自身の時間の確保だと思っています。

市長に就任して5年目。

自分の中では、オン・オフの機会を徐々に増やし、今では、自分でも満足できる程度にまで、スケジュールをコントロールできるようになったような気がしております。

そんな中、昨日開催された県市長会の新年会。

様々な政策を巡る意見交換の中、何故か“どれだけ、自分達が忙しいのか”論議に…

多くの市長さんが“夜の会合は年間300回以上…”“自宅で夕食を取れるのは月1回あれば…”“ある年なんか、丸1日予定がなかったのは3日しかなかった…”などなど。

私も就任当初はそんな感じでした。

が、“このままだと、自然人としてのバランス感覚が崩れ、市長としての判断に影響を与えてしまうのではないか!?”と思い始め、月3回程度は完全オフを確実にゲットできるくらいまで抑えることができるようになりました(サラリーマン生活に比べると、上述の市長さんの過密スケジュールさと私のそれとは、それこそ“目くそ鼻くそを笑う”水準かもしれませんが…)

これらのこと、別に忙しいのが良いとか悪いとかを言いたいのではなく、自分自身が健常に市長職を務めるための必須条件は!?というつもりで書いてみました。

何となく纏まりのないブログ更新となってしまいましたが、ちょっと素の自分を書いてしまったようで、小っ恥ずかしい気分です…(写真は、休暇で家族でお邪魔した“いい湯らてい”。でも、半分「社長」としての動機が入ってしまっている時点で、完璧なオフではありませんねっ!!!)
posted by 国定勇人 at 18:15| 新潟 雨| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする