2012年01月20日

長文失礼

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これもまた、旧聞に属する話かもしれませんが、年の瀬迫る昨年御用納めの前日の27日、わずか2週間弱の呼びかけ期間にも関わらずご賛同いただいた120名余の市町村長さんのご意志を奉じ、福島県相馬市の立谷市長さん、三重県菰野町石原町長さんとともに、民主党、地域主権戦略会議事務局、国土交通省、経済産業省に対し、“是非とも、地方整備局、地方経済局の存続をっ!!!”と訴えてまいりました。

ただ、この事実関係だけを書いてしまうと、“また、何でも反対、何でも難癖を付ける地方自治体のいつものパターンか…”“対案も示さず、現状維持を叫び続けるなんて、究極の思考回路停止状態ではないか…”と、感じられる方も多いはず。

実際、信じていただけるかどうか分かりませんが、私自身が最も忌み嫌うのは、対案も示さずに、“何でも反対っ!”“現状維持万歳っ!”といった類いの主張。これって、その主張をしているときの語気は強く(批判だけしていればいいのですから当たり前ですよね)、かといって現実的な対案を示さないのでお気楽ご気楽(現実的には、いかなるテーマでも必ず不利益を被る者が出てきますからね)、しかも最終的な責任は自ら被ることもないので、無責任極まりないですよね。少なくとも、選挙で選ばれる職種に身を投じている者が決して歩んではいけない道です。

そんな気持ちを持っているからこそ感じてしまう、一見すると、最も忌み嫌う道に受け取られかねない今回の行動ですが、こればっかりは違うのです。

私たち三条市は、8年前の7・13水害、昨年の7・29水害と、それぞれ100〜150年に1回、150〜300年に1回と言われる大水害を、わずか7年間に2度も、経験することとなりました。

もちろん、この2回の水害における対応が万全だったとは思っていませんし、災害対応の全てを見切ったなどという傲慢な意識など更々ありませんが、強烈に再認識させられたことがあります。

それは、“非常時の組織運営・意思決定過程は平常時のそれの凝縮版に過ぎないということ”“それらの有り様はシンプルであればシンプルであるだけよいということ”“非常時の組織運営・意思決定過程と平常時のそれとの間に不連続があってはならない”という、いわば当たり前の認識。

こうした点から、地方主権戦略会議で議論が進められていることを追っていきたいと思います。

まず、地方主権戦略会議における議論の前提は、“既存の広域連合制度をベースに当該制度を発展させるための検討を進め、平成24 年の通常国会に特例法案を提出することを目指す”ということ、より具体的には、“移譲を受けようとする具体的意思を有する関西、九州両地域の意向を踏まえ、経済産業局、地方整備局、地方環境事務所を当面の移譲対象候補”とするというところにあります。

災害を経験した三条市として、本件に関する身近な事例として地方整備局(河川行政に限定すると、同局は、平常時は、大河川の整備や維持管理を行い、災害時には、河川管理者として、災害対応に当たります)に焦点を当て、敢えて具体的に申し上げると、@国土交通省の出先機関である近畿地方整備局を廃止し、A同局の所掌事務を関西広域連合に移譲する、といった形になります。

広域連合というのは、聞き覚えのない方もいらっしゃるかもしれませんが、三条市で言えば、三条・燕総合グラウンド施設管理組合や中越衛生処理組合(三条・燕両市によって構成)、水道用水供給企業団(三条・加茂両市と田上町によって構成)のように、対等な立場の構成団体が、当該構成団体共通の事務を処理するために結成する新たな団体のことを指します。

ここで肝なのは“対等な立場の構成団体によって組織される”点です。例えば、関西広域連合の長に大阪府知事が就任したとしても、その構成員には、京都府知事、滋賀県知事、和歌山県知事などなどが並びます。こうした構造においては、とある判断をする事項が発生した場合、平常時にあっては、当該判断により影響を受ける知事さんとの意見調整が不可欠となります。先ほどの経験則に照らせば、非常時においても、少なからず、この意見調整が必要となります。

これが非常時という、待ったなしの平常時の凝縮された世界において、いかに無理があるかということは、福島原発の事故が示唆していることからも明らかなとおりです(原子力法制では、運用上、事故が発生したときに、国・当該都道府県知事・関係市町村長の合議の上、避難指示等を判断することとなっていましたが、全くの機能不全に陥ったことは、論を待たないところです)。

仮に、一時的に、長である大阪府知事に全権委任をするとしても、普段、大阪府政に全身全霊を傾けている府知事さんに、京都府のこと、滋賀県のこと、和歌山県のことを合理的に判断することなどできるのでしょうか?

京都府内の市町村長さんは、平常時には京都府知事に相談しているのに、非常時には大阪府知事に相談するという、非常時と平常時の不連続性を乗り越えることができるのでしょうか?(少なくとも、私は、富山県知事や石川県知事と会話をしたことなど、一度もありません…)

そこを予め被災発生都道府県知事に委ねるといったところで、我々を襲った7・29水害のように、新潟県・福島県を跨ぐ阿賀野川水系全体として判断しなければならないとすれば、どうするのでしょうか?(ちなみに、北陸地方整備局は、原則、新潟、富山、石川、福井県が管轄ですが、河川は水系ごとに、福島、長野を管轄するなど、弾力措置が取られております)

少なくとも、今以上に、組織運営・意思決定過程が煩雑になるのは避けられず、その結果、苦労をするのは、災害時に権限が集中している市町村長ということになってしまいます。

何にも増して、地域主権戦略会議の議論が本末転倒だと感じているのは、こうした災害時において、“平常時は広域連合、非常時は国”といった原理原則を無視した意見まで出ているほか(取りまとめ前の会議)、一定の結論を得たとされる昨年最後の会議においても、“大規模災害時等に全国の人員や資機材を結集し現場力・統合力・即応力をもって組織的・機動的に対応できるよう、詳細については引き続き検討する”としている点にあります。

今の地方整備局を廃止することで得られる大きなメリットが見られるかどうか以前の問題として、災害発生時という全てが顕在化しやすい事象において今以上にリスクを負いやすい構造を何故是認しなければならなのでしょうか?なぜ、わざわざ今の体制が持つ機能を担保するのに、ここまで四苦八苦しなければならないのでしょうか?答えは簡単です。今回のテーマに限っていえば、シンプルな構造上の問題があるからです。

組織構造の在り方という橋本前府知事が最も得意とするテーマで、これだけの無理を重ねる議論の積み重ねには、何とも理解ができません(私は大阪都構想には賛成の立場ですし、この議論が災害時においても顕在化しないような他の国の出先機関の議論であれば話は別だと思っております)。

ここまで書くと、“新潟県三条市なんか、関西でも、九州でもないじゃないか?ほっといてくれ!”とのご指摘をいただきそうですが、ほっとけません。

何故ならば、これは関西・九州以外にも波及する問題だからです。

これまでの国土交通省の出先機関という位置づけであれば、何の不安も感じなかった全国レベルの広域支援。Tec-Forceだけでなく、ポンプ車、防災ヘリなどなど、かなり常態的に、迅速に、地方整備局間の応援体制が確立されております。

でも、これらは全て、橋下前府知事が様々な場面で指摘しているとおり、“司令塔が1つ(国土交通大臣)であるシンプルな構造”だからこその賜物。

でも、関西連合、九州連合が、その任を一部負うとなったら話が変わってきます。意思決定過程が独立している以上、今までは必要なかった、相互の調整が新たに必要となってきます。

そうすると、これは、関西・九州以外にも波及することは確実。何故ならば、新潟県を中心に大規模な災害が発生した場合、待ったなしの時間帯において、これまでスムーズな支援を受けられた近畿地方整備局からの支援と同等の支援をいただくのに“確実に”時間を要することになるからです。

なんで、こんなに、待ったなしの災害対応に直結するような国の出先機関を、移譲の対象として、聡明な橋本前府知事率いる関西広域連合が選んでしまったんだろう?そして、それに国は安易に乗ってしまっているんだろう?

少なくとも、災害発生時に重い責任を負わなければならない一介の市町村長には理解できませんし、同じ市長という立場である大阪市長となられた橋下さんは、少なくとも、こうした矛盾に気づいてい下さると固く信じております。
posted by 国定勇人 at 11:20| 新潟 | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする