
東日本大震災の発生から1年半が過ぎました。
発生当初、或いは数ヶ月前と比較すると、復旧は進んだのかもしれません。
でも、少なくとも3.11以前と同水準にまで戻ったかといえば、恐らく、どの被災者も、どの被災市町村も“No”と言うでしょう。
そんな状況の中、私たちに何ができるのか…
答えは完璧ではないですが、私たちにできることは“支援を粛々と継続するということ”“被災された方々と日々向き合い続けるということ”に尽きるのだと思っております。
三条市には、依然として、220名の方々が避難されております。
そして、私たちは、地道ではありますが、毎週の庁議に合わせ、避難者支援に係る会議を開催し、避難された方々の動向等について意識合わせをしております。また、“浜通り×さんじょうライフ”を毎週発行し(避難された方々に記事作成や編集をお願いしております)、避難全世帯への配布を途切れることなく、続けております。
純粋に、それが“被災された方々と日々向き合い続けるということ”だと思っているからです。
今年4月には、東日本大震災を機にご縁のできた南相馬市さんに、職員2名を長期派遣しております。
また、そのお隣の相馬市さんからの要請をいただき、更に相馬市さんへの職員派遣についても検討しております。
純粋に、それが“支援を粛々と継続するということ”だと思っているからです。
震災廃棄物の広域処理についても然りです。
被災地が“自分達も精一杯頑張っているけれども、自分達だけでは処理しきれない。だから、協力をお願いしたい”と叫んでおります。
私たちも被災経験のある自治体として、その想いは痛いほど分かります。
ですから、震災廃棄物の広域受入れについて、名乗りを挙げました。
それも、純粋に“支援を粛々と継続するということ”“被災された方々と日々向き合い続けるということ”だと思っているからです。
三条市では、受入れ対象市町村である大槌町さんから委託を受けた岩手県さんからの“10月からの広域処理に係る震災廃棄物の搬出可能”とのご意向を受け、同じく名乗りを挙げている県内5市のうち、柏崎市さんと同一歩調を取る中で、できれば10月上旬から中旬に試験焼却できればと考えております。
もちろん、試験焼却そのものが不安払拭策の最大の取組と位置付けさせていただいているとおり、安全対策に万全を期すことは当然のことであります。
今般、私どもは、こうした安全対策の観点から冷静な判断を託した県と5市との実務者協議における結論である“試験焼却についての合意事項”として意見の一致の見た“焼却灰(飛灰)については、各市において、他と区別して適切に管理する”との合意事項を履行するため、その具体的措置として、飛灰管理(三条市の新ごみ焼却処理施設では主灰は再利用されるため、最終処分場で処理されるのはキレート化された飛灰のみとなります)について、@放射性セシウムなどの結果が出るまでの間、清掃センター敷地内において密閉式のコンテナに入れて保管、A検査結果で安全性が確認された後、最終処分場の敷地に運び、コンクリート固化、B最終処分場の増設工事完了時点で、場所を明示して処理、することとしました。
(もとより、三条市内から出た廃棄物の焼却飛灰からも、最大で84ベクレル/kgの放射性セシウムが検出されていますので、これを含めた不安の払拭策としての“三重の防御策”は講じてまいります。)
物事を処理していくためには、冷静なる判断の積み重ねが不可欠ですが、処理すべき物事の根源は、因数分解処理する以前の“純粋なる想い”に尽きるとも思っております。
そんな、全てのきっかけとなっている“純粋なる想い”を大切にしながら、東日本大震災と引き続き向き合っていきたいと考えております。