2013年03月07日

大槌町長さんの言葉

13626432799002.jpg

少し旧聞に属する話題になってしまうかもしれませんが、震災廃棄物に係る広域処理について、我々県内で受入れ検討を表明した新潟市、長岡市、柏崎市、新発田市、そして三条市に対し、直接御礼を申し上げたいと、震災廃棄物の受入れ元である岩手県大槌町の碇川町長さんが遠路はるばる長岡市まで足をお運びいただきました(関連記事はこちら)。

私自身は、大槌町長さんには、初めてお目にかかったわけですが、町長さんのお話を直接伺い、改めて東日本大震災の傷痕の深さを思い知らされました。

曰く、被災当日の大槌町の全人口の約1割に当たる約1,300人が犠牲になったこと、大槌町役場の職員も約130名いた職員のうち40名近くが犠牲となったこと、中でも技術系職員は全員犠牲となったこと、町長を始め管理職の大半も犠牲となったこと、間もなく“三回忌”を迎えようとしている今、人口の2割が町外へ流出してしまっていること、町内に残り復興への希望を捨てない町民も4,000人近くが仮設住宅での避難生活を余儀なくされていること…

淡々とした口調でご説明される町長さんの口から溢れ出てくる衝撃的な情報の数々…

写真.JPG

町長さんの言葉は続きます。

自分達は、東日本大震災発生のその瞬間まで、町の、地域の、家々の、一人ひとりの重要な持ち物であった、でも一瞬にしてその役割を失ってしまった、震災廃棄物を遺品と感じていること…

その遺品を町外に持ち出してしまうのはいかにも忍びがたく、防潮堤や中心市街地の嵩上げに遺品である震災廃棄物を使えないか検討に検討を重ねたが、結果的には、広域処理に委ねるほかならなかったこと…

そうした中、手を差し伸べていただいた新潟県内5市には、感謝の念でいっぱいであること…

でも、町内では、セシウムとかベクトル(町長さんの言葉のママ)など全く気にせずに生活している中、放射性物質の心配を搬出先でされるとの話を伺い、戸惑っているとともに、申し訳なく思っていること…

返す言葉もありませんでした。

大槌町が抱えている現実と、新潟県内のそれとは懸絶した次元での議論と…

恥ずかしい思いでいっぱいでした。

と同時に、まずは与えられた任務、すなわち震災廃棄物の広域処理を最後の最後までやり遂げる覚悟を新たに致しました。そして、震災廃棄物を縁に繋がった大槌町との関係を忘れずに、受入れ検討5市とが協力しあう形で同町を継続支援していくことを誓いました。

写真のとおり、県内メディアも多数来られていました。

これら多数のメディアからの情報を通じて知りえたであろう(直接の面会は設定されませんでしたので…)新潟県知事さんは、今回の訪問をどのように感じられたのでしょうか?そんなことも微かに頭をよぎった、そんな忘れることのできない出来事でした。
posted by 国定勇人 at 18:10| 新潟 | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする