2016年09月05日

名誉市民ジャイアント馬場さん、誕生。

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本日の三条市議会において、ジャイアント馬場さんが三条市の名誉市民となることが全会一致で決せられました。

ジャイアント馬場さんの生前の歩み、功績について改めて解説することが憚られるほど、その名前は、三条市民はもちろんのこと、日本国民に、そして国内外のプロレスファン全てに轟いております。

ジャイアント馬場さんが亡くなられてから17年…

昨年には十七回忌を終えているこのタイミングでの名誉市民決定に対して、様々な声があるかもしれません。

でも、今年春以来、ジャイアント馬場さんをこよなく愛するファン有志の皆さんが署名活動を始めてから僅か半年にして1万筆を上回るという事実を私たちは真摯に受け止めなければなりません。

没後18年を経過しても、これだけの数の市民、ファンの熱き声がある。

この事実ほど、ジャイアント馬場さんの功績の大きさを表すものはありません。

私ども三条市としても、今回の名誉市民決定を受け、ジャイアント馬場さんの生前の功績を次世代に伝えていくための検討を具体的に進めていかなければなりません。

それが、ジャイアント馬場さんに名誉市民を授ける原動力そのものとなった市民の皆様、ファンの皆様に対する最高のご恩返しであることを信じて…



先日、新潟日報の日報抄で、“「昭和が終わった」。その時代を彩った著名人の死を悼んで、そんな言葉が使われるようになって久しい。最近では、草創期から放送界を支えた大橋巨泉さんらの訃報が続き、女優の中村メイコさんが「これで本当に昭和が終わった」と嘆じていた。1999年、61歳で逝ったこの人の死も、昭和の終焉(しゅうえん)を強く印象づけたのではなかったか。プロレスラーのジャイアント馬場さんを名誉市民に推す議案が5日、出身地の三条市議会に提案される。市民団体が半年ほどかけて集めた約1万人分の署名が市を動かした。挫折を乗り越え、不屈の闘志で大輪を咲かせた。高校を中退してプロ野球巨人に入団。2年目には2軍ながらシーズン2桁勝利をマークし頭角を現す。が、病やけがが重なり、投手を断念。舞台をマウンドからリングへと転じ、どん底からはい上がった。生涯現役を通した。つらいときには、歯を食いしばって闘う自分の姿をよりどころにしてほしい−体力の衰えた晩年に語っている。馬場さんのそんな思いに、ファンも「リングに立ってくれるだけでいい」と惜しみない声援で応えた。国内通算5758試合。「氏の活躍は、昭和40年代から高度経済成長とともに世界の一流国の仲間入りを果たす日本の姿と照らし合わされ」「国民に夢と希望を与え続けた」。市議会に提案される議案に付された事績は、そうたたえる。どれほど昭和が遠くなろうと、その名を決して忘れない。署名に込められた市民の思いがかなうことを祈る”と触れていただきましたが、同様のコラム欄(!?)でも、日本経済新聞の春秋欄では相前後して“マスコミでは、亡くなって久しい作家などに敬称はつけない。歴史的人物の枠に入るわけである。どれくらい過ぎたら「さん」が取れるか微妙だが、せいぜい十数年だろう”との記載がありました。

これは、私だけかもしれませんが、敬称を付けないのは、こうした歴史的人物に加え、自分たちは遠く及ばない英雄的人物にも当てはまるのではないかと内心思っております。しかも、このカテゴリーは現役であっても当てはまるのではないかと思うのです。

例えば、プロ野球で言えば、子どものときから“王っ!王っ!”って叫んでましたけれども、それは心底尊敬の念を持ってのことでしたから…

実は、私にとって、ジャイアント馬場さんも同様です。

私個人にとっては、尊敬の念を込めて、馬場っ!、ジャイアント馬場っ!なのです…

立場柄、これまで同様、今後とも敬称を付けていきますが、本当は心では叫びたいっ!

“馬場っ!名誉市民になったよ!やっぱり凄い人だったんだねっ!”ってね!
posted by 国定勇人 at 13:06| 新潟 ☀| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする