2017年10月03日

大きなうねりへの小さな一歩A

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さて、昨日の続きを…

かつて、越後と会津の往来は現在の三条市と只見町を結ぶ八十里越が中心でした。

何故、“八里が八十里に感ずる”ほどの難所が広域往来の中心であったのかについては、諸説あるようですが、馬車や牛車が全区間にわたって往来可能であったことが大きなポイントであったのではないかと思われます。

さて、かつては繁栄を極めた八十里越も、現在の磐越西線が大正年間に開通すると、急速に衰退して、現在では国道289号線ならぬ“酷道289号線”と揶揄されるまで荒廃してしまいました(実際、私も歩いて踏破しましたが、かつての街道区間はほとんど残っておらず、13時間近くの苦難の道のりでした…(現在、古道の調査を只見町さんと共同で実施しております))。

そんな八十里越でありますが、現在、国土交通省さんのお蔭で、再生のときを迎えようとしております。

そうです。

車が通行できる現代の道として、あと数年後には復活できるのです。

そして、そのとき、三条市と只見町は、100年余の時空を越えて再び、名実ともに“お隣”として繋がるのです。

それでも、100年余という時間の空白は余りにも長いものがあります。

やはり、再生当初は、多少意識的に交流の輪を広げる活動を展開しなければなりません。

そんな折、三条マルシェ実行委員会の皆さんが一肌脱いで下さいました。

三条マルシェ”を道の駅“漢学の里しただ”で開催し、そこに、只見町からのシャトル便を飛ばして、開通後の往来を先取り体感してみようというのですっ!

嬉しかったですなぁ…

幸い、工事を担当されている長岡国道事務所さんの大変なるご厚意により、特別に1日3往復の工事用道路の通り抜けの許可並びにご協力をいただくことができました。

これにより往来した両地域住民の数は数十名。

たった数十名かもしれませんが、これは交流の再生に向けた偉大な数十名です。

残念ながら、公務が重なり、只見町から降り立った皆さんをお迎えすることができませんでしたが、きっと感慨無量のことだったかと思います。

ご協力いただいた全ての皆様に感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。

本当の再生まで、あと数年っ!

期待に胸を膨らませて、そのときを待ちましょう!



そういえば、秋の紅葉の絶好の時期に、今年も“秘境八十里越体感バス”を走らせます。詳しくはこちらをどうぞ!
posted by 国定勇人 at 11:36| 新潟 ☁| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする