2017年11月21日

裏館の由来

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私は裏館というところに住んでいます。

この裏館の地名の由来ですが、私はずっと勝手に、三条城の“裏”にある館があった場所なのかな、或いは搦手のような位置付けの場所なのかな、と思っていたのですが、古文書を紐解くと、どうもそうではないようです。

信濃川まで舟運で運ばれてきた交易品が水路(浦)を通じて辿り着いた起終着点(館)が“浦館”であり、その名称が転じて“裏館”ではないか、というのであります。

これは面白いな…

江戸時代の古地図と重ねた地図を見てみると、今では決して幹線道路的な扱いとなっていない西裏館集会所前の東西方向の道(今でも荒町まで繋がっていますし、ギリギリ信濃川まで何とか辿り着きます)と、定明寺さんで折れ曲がって岩田眼科さん前を再び東西に伸びる道路が、三条の大動脈(広域幹線路)であったりと、興味深い研究成果に触れることができました。

そうそう、こうした過去の歴史を尋ねる旅を堪能できるのは、三条マルシェに併せて開催される本寺小路集会所での三条歴史研究会の皆様方による展示会です。

来年の三条マルシェの折には、是非とも足をお運びくださいませ。
posted by 国定勇人 at 16:20| 新潟 ☁| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする