2018年06月15日

仕事のあり方

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今回は1つひとつの事象ではなく、仕事に対する考え方を少しだけ…

昨日は、JTB総合研究所さんから“燕三条工場の祭典”に関する調査研究結果をプレゼン頂いたり、野村総合研究所さんのフォーラムを拝聴したりと、自分の知見を深める有意義な一日だったのですが、どれだけ有意義であったのかを一言で言い表せば、とどのつまり、“自分が正しい(或いは面白い)と思ったことにどれだけ拘り、実践できるのか”に尽きるということが再確認できたということです。

例えば、JTB総合研究所さんのご報告。

幾つも示唆に富むデータや分析があったのですが、それでもなお(そのデータや分析はもちろん完璧なまでの論理構成を持っているのですが)、そこからの提案を全て取り入れようと思えない…

というよりは、結局のところ、JTB総研さんの報告の中で、“自分が正しい(或いは面白い)と思ったこと”に合致する部分があれば、即ち共感を覚え、実行していくための補強材料にしてしまうし、そうでない部分があれば、“それは私たちのまちに合わない(或いは、今それをするタイミングではない)”と忘却の彼方に置きに行ってしまうのですよね。

時間切れということもあって、感謝しきれないほどの気持ちを持ちながらそれを口に出すこともなく、“ここの部分は賛同できない”というコメントだけを発してプレゼン発表が終了という、何とも後味の悪い終わり方になってしまい、JTB総研さんにはいずれ謝らなければならないと思いながらも、全てを素直に受け入れることのできない自分にいささかの自己嫌悪を覚えていたのですが、それが今の私の宿命なんだな…と開き直る(!?)きっかけとなったのが、午後の野村総研さんのフォーラムでした。

このフォーラムでの講演のベースとなったのが、私も以前紹介した“日本の革新者たち”という本。

私が読み解くところ、中小地方都市であったり中小企業であったりの強みを如何なく発揮できる人材とは即ちキラー・スキルを持った“革新者”たちであるというのが同書の主張なのですが、そのキラー・スキルというのが“あたりまえを疑う”“Needsを探すのではなく、Wantsを創造する”“「面白い」から始めて社会解決に繋げる”ということのようなのです。

でも、これって、いずれも、“誰かが(検証可能な形で)決める”のではなくて、“(やりきろうと覚悟を決めている)自分が決める”という構図でなければ成立しないスキルなのですよね。

ということは…

貪欲に情報収集は怠ってはいけないし、いつも新しい何かを探し続ける努力は必要だけれども、その結果、取捨選択するのは“誰か”ではなく“自分”なんだということを主張しているに過ぎないということなのですよね。

と考えれば、私もいっぱしの革新者っ!(笑)

ただ、ここで誤解してはいけないのは、ここでいう“自分”は必ずしも組織のトップである必要はないということ。どころか、その組織が強くなるためには、そんな“自分”が同一組織内に何層にもわたって、或いは縦糸横糸のように存在する必要があるということ(ですから、先ほどの括弧書きは「(責任を負わなければならない)自分」と書かずに「(やりきろうと覚悟を決めている)自分」と書いたのです)。

ここ数日、仕事上、ヒヤっとする場面に直面することが続いています。

これは、自戒を込めて、自分も含めて申し上げれば、“(やりきろうと覚悟を決めている)自分”という感覚が関係する全ての職員に欠如しているのだと思うのですよね。

だから、危機が迫っていることに気付かないし、そもそも“面白い!”と思って自分事として取り組む姿が結果として弱かったために全体像を俯瞰し続けることをいつの間にか(私を含めて)止めてしまったし…という事象が発生してしったのでしょうね。

でも、これが気付けただけ、儲けものっ!

体制は立て直しました。

さぁ、みんなで頑張ろうっ!(いいのです。関係者だけが理解できれば!)



写真は、日南市さんにお邪魔したときの子育て支援センターのワークショップの告知用ポップ。

無茶苦茶カッコいいと思いませんか?

こういう情報を入手するのは、子供たちではなく、親御さん。

ということは、よくあるベタな親子のイラストみたいなものはあまり意味のあるデザインではないのですよね!と、最近、内部で自己主張し始めていたところだったのですが、この“あたりまえを疑う”はやはりそのとおりだったのですね。

ここでも溜飲が下がりました(笑)

ということで、業務連絡です。

子育て支援課の皆さん。こんな感じで、ちょっと考えていきましょう!
posted by 国定勇人 at 14:48| 新潟 ☁| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする