2018年07月19日

最終コーナーを回った実感

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先日、東京で開催された国道289号線建設促進期成同盟会の総会。

会長の佐藤信秋参議院議員だけでなく、ご来賓としてお越しいただいた国会議員の挨拶が例年以上に力が入っていたのが印象的でした。

とりわけ、福島県側選出の国会議員の挨拶の熱量がハンパなかった…

県央基幹病院が平成35年早期に開院されることもしっかりとインプットされていて、“命を繋ぐ道”としての国道289号線の重要性を強く訴えられておりました。

私自身、人様の前でお話をさせていただく機会も多く、また数多くの政治家の皆さんの挨拶を伺う機会も多いため、1つひとつの挨拶への本人の熱量の多寡については、伺っているだけで分かるつもりなのですが、あの総会での皆さんの挨拶は本物でした。

これも“いつ開通するか分からない”という状況から“ゴールが間近に見えてきた”という実感を察知したからこその変化だと感じております(あぁそうそう、既知のこととして書き綴ってまいりましたが、国道289号線には、福島県只見町と新潟県三条市に跨る“八十里越”と呼ばれる区間があって、この区間は、国道289号線と称しながら、幕末に河井継之助公が“八十里腰抜け武士の越す峠”と詠んだ頃と殆ど変わっていない状態の昔ながらの道、つまり車両の通行のできない、徒歩だけでの通行が可能な交通不能区間なのです)。

と、書いてきましたが…

でも、やっぱり、この道の重要性を強く深く認識していたからこその発言だったのかもしれません…

私はこの総会の前日、那須高原まで、@国道252号線(六十里越)(冬期間は通行止め)、A国道289号線(只見町〜南会津町)、B国道121号線(南会津町〜日光市)、C国道400号線(日光市〜那須塩原市)を経由してドライブしてきたのですが、総時間4時間余りのうち、実に2時間強を、三条市にとっては隣町にしか過ぎない只見町への移動(六十里越)に要する現実を体感したとき、“八十里越が開通すれば、2時間強が1時間に短縮され、栃木への道がいよいよ磐越道経由ではない、このルート経由が現実的になるな”とリアルにイメージできたのですが、考えてみれば、会津側の皆さんからしてみれば、国会議員の皆さんの挨拶のようにそれどころではないのですよね。

例えば、只見町。

2.5次医療を施せる最寄の病院は会津若松市にしかありません。

そこまでの時間は1時間半…

ドクターヘリという手段もありますが、伺ってみると、冬期間や雨天などはほぼ絶望的なのだそうであります…

そうなると、2.5次医療対応が可能となる県央基幹病院まで、1時間弱で到達できることとなる国道289号線八十里越区間の開通は、まさに“命を繋ぐ道”としての悲願、悲痛ともいえる心の叫びなのだと思います。

“平成35年の県央基幹病院の開院までに八十里を繋ぐ!”

これを合言葉に、会長を筆頭に一致団結して取り組んでまいりたいと思います。

皆様からの温かいご支援もお願いいたします(具体的な“支援”とは、まずは国道289号線八十里越区間工事に関心を持っていただくことです。しかも、何も杓子定規に大真面目に向き合うばかりでなくてもいいと思っています。例えば、秘境八十里越体感バス。紅葉や南会津郡の良さを感じていただきながら、当該道路を体感していただくだけでも立派な貢献です。何卒宜しくお願い申し上げます)
posted by 国定勇人 at 09:50| 新潟 | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする