2018年07月24日

J .ジェイコブズが好きだ。

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僕は、“アメリカ大都市の死と生”の著者であるジャーナリストであり都市計画に多大な影響を与えたJ .ジェイコブズの考え方が好きです(何故、“考え方”と書いたのかといえば、怠惰な性格な故に、彼女の著書そのものに触れたことは未だなく、彼女の考え方を紹介する幾つかの本を通じて知る程度だからです…)。

したがって、特に、まちのまんなかのハード・ソフト両面に亘るまちづくりを推敲していく際には、いつも彼女の考え方に沿っているかどうかを自分自身の評価の尺度にしています。

ちなみに、どんな考え方なのかといえば…

ここに、彼女の考え方に触れた山崎亮さんの“縮充する日本”から当該箇所を抜粋してみたいと思います。



モータリゼーションが始まったアメリカでは、自動車が主役になったような都市計画が進められていた。だが、ジェイコブズは都市の多様性や雑多さこそが、都市を都市たらしめていると指摘する。彼女は都市が魅力的であるためには、「道路の幅が狭く曲がっていて」「古い建物と新しい建物とが混在し」「1つの区画にさまざまな機能の建物があり」「人口密度が高い」という4つの原則を提示した。スラムを一掃してゾーニングされた機能主義の都市を整備することは、<そこに住んでいた人々を根こそぎ追い出し、織物の目のように織り合わせられていた人間関係を破壊してしまう>ものだと批判し、近代化という名の下にまちと人との関係が歪められていくことにジェイコブズは警鐘を鳴らしていた。



もう少し、彼女の文章そのものから、彼女の考え方の真髄を覗いてみることとしましょう。

次に紹介するのは、私がJ .ジェイコブズさんの存在を知ることとなったスマートウェルネスシティ首長研究会を主宰する筑波大学の久野教授の講演資料からのもので、先ほど申し上げた彼女の著書からの抜粋そのものです。



街角における信頼は、人々の歩道での無数の小さな接触から、ゆっくり時間をかけて形成される。
そういった、地域の人々のさりげない接触の総和、そのほとんどが偶然であり、そのほとんどが用事のついでであり、そのすべては当事者の自発であり、誰からか押し付けられたものではない。
それこそが市民のアイデンティティの感覚であり、尊重と信頼の綱であり、そして、個人や地域にとってのまさかの時の資源となるものである。



こんな考え方に感化され、それでも自立的持続可能性が相当揺らいでいる現代では避けて通れない行政の補完的役割をスパイスとして加えた上で、ソフト面では、スマートウェルネスシティ構想を推進し、そのパーツの1つとして例えば、きっかけの一歩事業などを取り組んでまいりました。

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その結果、まだまだ日常空間にまで落とし込むところまで辿り着いてはいませんが、こうして人々が集う場が生み出され始めております。

もちろん、ハード・ソフト両面に亘る総合的な“まちづくり”はまだ実践の端緒に就いたばかりです。今、担当部局を中心に、次なるステージに向けた青写真づくりが進められておりますが、その屋台骨に、J .ジェイコブズさんの魂が埋め込まれていることを強く期待したいと思います。

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この総合的な“まちづくり”の一翼を担うスポーツ・文化・交流複合施設についても、貫くべき信念は同じです。

J .ジェイコブズさんの提唱する魅力的な都市づくりの4要件の4番目、つまり“人口密度が高い”は、居住としての人口密度だけを意味するものではないようです。

つまり、“集う場”の機能が最大限に発揮され、多くの方々がその“場”に集い、結果として、“人口密度が高い”状態を生み出すことを通じて、都市の魅力を高めることに貢献できるかどうか…ここが大きな鍵となります。

そのためには、名称もまたとても大事です。

古来から“名は体を表す”と言われるくらいですし、それは少なからず愛着の度合いや施設の持つ“壁”に影響を与えるのですから…

最近、施設名称に、外来語であったり、造語であったりを付けることが流行っているようですが、本当にそれで良いのか…果たして、J .ジェイコブズさんの考え方に沿っているものなのかどうか…個人的には、疑問です。

日本語という文化のアイデンティティからかけ離れた名称を付ける動きにはなっていないだろうか…J .ジェイコブズさんならば、そうした動きを許すだろうか…そうした価値判断で意思決定をしていきたいと思います。

この辺で、お気付きになった方も多くいらっしゃると思いますが…

そうです。

この書き込みは、担当職員向けへのメッセージです。

理事者協議でお会いしましょう!

(写真は、中央公民館で行われた水谷川優子さんのコンサートと、ステージえんがわで行われた久保田さんのハンドパンのライブ演奏の様子。どちらも、自然な形で人々が集っていました。これが理想系なんですよね!)
posted by 国定勇人 at 15:01| 新潟 ☀| ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする