
“日中関係は改善の端緒は掴んだものの、未だ脆弱な状況にある”
これが多くの人々の現在の日中関係に関する認識ではないでしょうか…
でも、こうした状況にある今日だからこそ、地方からの交流を誘発することが、しかも外交防衛といった政治に直結する分野や、経済といった政治の影響を受けやすい分野ではなく、芸術文化・スポーツといったそれとは対極に位置する(べき)分野からの交流を促すことが重要だというのが私の持論。
そして、そういう感慨に耽れば耽るほど、諸橋轍次博士が我々に遺した財産はとてつもなく大きなものだったと思えてしまう…
これが日中関係が急速に冷え込んだ後、私自身の諸橋轍次博士に対する率直な評価であります。
もし、諸橋轍次博士がこの地に生誕しなければ、日中国交正常化40周年にも関わらず、国交樹立後最悪と言ってもいい日中関係に陥っていた時期に、駐新潟総領事館はあれだけの好意を諸橋轍次記念館に表することはなかったでしょう。
そして、あの好意なかりせば、あの年の曲水の宴を始めとする日中友好交流を促す地方発の文化イベントを催すことはできなかったでしょう。
もし、諸橋轍次博士を顕彰する記念館がこの地になければ、日中関係の未だ抜本的なる改善の見込みのない現在にあって、駐新潟総領事館でいらっしゃる何平総領事がこの記念館で文化講演(“日本語を学んだ頃の思い出から”)を行い、それを数多くの日本国民たる三条市民が聴講することなど、ありえなかったことでしょう。
こうしたことからも感じ取っていただけるとおり、諸橋轍次博士が我々に残したものはかけがえのない大切な大切なものであります。
もちろん、私たちは、その遺されたものを単なる宝の持ち腐れに終わらせてはなりません。
今日のような状況だからこそ、諸橋博士が我々に遺したものを最大限活用させていただき、地方発の文化交流を深めていかなければならないと思いますし、こうした交流1つひとつはとても小さな影響しか与えないものばかりかもしれませんが、その積重ねは間違いなく1つの流れを生み出していると固く信じて止みません。
それにしても、先週土曜日に開催された駐新潟総領事でいらっしゃる何平さんのお話は面白かったなぁ…
私も中国語をかじったことがあるので、日本語の「手紙」が中国語ではトイレットペーパーという意味だと知ったときには総領事同様愕然としましたし、日本語の「湯」が中国語ではスープだという意味だとは薄々承知しつつも納得できませんでしたから…(何となく、厚切りジェイソンのネタに近いかも…)
いずれにしても、何平総領事、本当にありがとうございましたっ!

ちなみに、日中友好交流の父ともいうべき諸橋轍次博士は他にも我々に様々な財産を遺していってくださっております。
というのも、諸橋轍次博士は、無類の中国文化のコレクターとしての顔がございまして…
まだ精査中のため正式に発表できませんが、すごいお宝がたくさん眠っているのです。
これを紐解くだけでも、日中友好交流が更に深まること間違いなしっ!
というわけで、こちらもご期待くださいませ。
ちなみに、上の写真は、何平総領事とともにお邪魔した、我がまちの誇る温泉旅館“嵐渓荘”さんのランチ。
嵐渓荘さんの名物でもある鯉の洗いは最高だった!
何平総領事も舌鼓を打っておられました。
食もまた、大事な文化交流ですよねっ!
そういえば、今月のJR東日本の新幹線車内誌“トランヴェール”に、嵐渓荘さんが掲載されております。
新幹線に乗られる機会のある方はお見逃しなきようにっ!

